なぜ人は消費するのか?マーケティングの根本を考える
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ビジネスの世界において、これはあまりに根本的な話かもしれませんが…
生きるために、欲求を満たすために、何かを消費することは当たり前のようにも思います。

そんな顧客のニーズに応えることこそがマーケティングなのです。
けれども、よくよく考えてみると、どうして私たちが消費行為を行うのかはよくわからないところがあります。

例えば、私たちは食料を消費しなければ死んでしまいます。
それは当たり前のことです。

けれどもなぜ、私たちは高級でおいしい食材を食べようとするのでしょうか?…
手づかみではなく、箸やフォークを使うのでしょうか?…
食べ方に手順があるのでしょうか?…
食べることが当たり前なのだとすれば、もっと簡単に食べられるはずです。

消費するということは複雑なことです。
…とすれば、顧客のニーズに応えるというマーケティングもまた、実は複雑な問題を相手にしていることがわかります。

何かを必要としているということは、顧客にとっても、実はそれほど当たり前でもなければ、必然でもない可能性が常にあるのです。




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人にとって消費は必要なもの?



考えてみれば、マーケティングという考え方自体が昔はありませんでした。
マーケティングは、20世紀前後に消費社会を実現したアメリカを中心にして生まれた新しい考え方です。

古典派経済学は、基本的に消費には注目してきませんでした。
理由は簡単です。
食べなければ死んでしまうことは当たり前であって、目下の問題は、そのようにして死んでしまう人々がたくさん存在していて、彼らをいかにして救うのかという点にあったからです。

いか にして富の分配を平等にするのか?…
あるいは生産量そのものを向上させるのか?…
これこそが問題の焦点でした。
要するに、絶対的に供給不足だったわけです。

産業革命がこうした問題を解決します。
生産量は爆発的に増大し、絶対的な供給不足が解決されることになります。

ここに至り、取り扱う問題もまた、生産や分配から消費へと移っていきます。
つまり、今度は供給過剰(逆の見方をすれば需要不足)が問題となるのです。

現代の消費社会はモノ余りの時代です。
消費者の基本的な欲求は満たされています。
それでも、彼らは何かを求めて消費しようとしているかもしれませんが、それが何であるのか、彼ら自身もわかっていないことが往々にあります。

なぜ消費するのかという問題を考えることは、こうした消費社会にあって重要な課題となります。
繰り返していえば、これこそマーケティングの問題だといえるでしょう。
顧客のニーズに応えるということは、実際には、もはや存在しないかもしれない欲求に応えるということだからです。

少なくとも、人は動物的な意味で製品やサービスを消費するわけではありません。
むしろ、何らかの人としてのルールの中で消費しています。

わかりやすいのは、例えば見せびらかしでしょう。
経済学者のソースティン・ウェブレンによる顕示的消費と呼ばれる考え方によれば、「なぜ人が消費するのか?」というと、それは他人に自らの力や地位を顕示するためだということになります。

消費をする理由は、社会や文化といった他人との関わりの中にあるというわけです。
この場合には、消費行為は一種のコミュニケーションだということになるでしょう。

あるいは、消費者行動研究の中で提示されてきた快楽的消費や経験的消費と呼ばれる考え方は、消費行為それ自体が1つの目的であることを強調します。
例えば、スポーツ観戦を考えてみましょう。
そこには様々な理由が考えられますが、しかし、最も大切なことは、観戦すること自体の楽しさでしょう。

つまり、消費行為には何か目的があるというわけではなく、消費行為それ自体が、1つの目的だと考えられるわけです。
生きるために食べるのではなく、食べること自体が究極的な目的になるわけです。

消費社会の時代にあって、消費の根本的な理由を問うことは複雑な問題を引き起こします。
もはや欲求は階層化されておらず,そもそもはっきりとは存在しないのかもしれません。

この問題を考えることなく、ビジネスを考えることはできません。
むしろこの問題を考えることこそが、マーケティングの可能性を開くことになるといえます。

今日、行政や非営利組織など、マーケティングがより社会的な集団においても必要とされていることを思い出しましょう。
マーケティングは、社会に関わる活動なのです。

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