あなたは「高価格=高品質」と思っていませんか?!
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こんなケースは良くあります…
同じ500ミリリットルの水であっても、片方は100円であり、もう一方は200円という場合が。

もちろん、それぞれに理由があるのでしょう。
100円の水は、一般的な水道水と変わらないのかもしれませんし、200円の水は、海外から輸入されたミネラルを多く含む水なのかもしれません。

そうだろう…
と思われた方は、すでに価格の「ワナ」にはまっています。

つまり、100円と200円という価格の違う2つの製品を見たときに、それぞれがそういう値付けであることに対して、もっともらしい理由を見つけ出しているわけです。

その理由は、もちろん本当かもしれませんが、間違っているかもしれません。
製品の裏側にしっかりと記載されているかもしれませんし、テレビCMで話されていた内容かもしれません。

しかしいずれにせよ、価格を見て私たちはその理由を考えます。
あるいは、そこまで深く考えないまでも、200円の水の方が「きっといいものに違いない」と思っています。

私たちは、価格を通じて価値を推定するのです。
当たり前だと思われるかもしれませんがこの心理は、少しおかしな話でもあります。
よりしっかりと考えるのならば、価格が高いから価値があるのではなくて、価値があるから価格が高いはずです。

もちろん、先述の100円と200円の水にしても、多くの人は、水道水だから、海外の水だから、この価格なのだと思った…
というでしょう。

けれども、思考の流れをよく考えてみると、本当にそうだったのかはよくわかりません。
100円と200円という値札を見て、200円の水にもっともらしい理由を見つけて(思い出して)納得した可能性はないでしょうか。

もっと難しい場合を考えてみましょう。
高級なブランド品の場合はどうでしょうか。
高級な化粧品の場合はどうでしょうか。
骨董品の場合はどうでしょうか。

それから、お賽銭やお守りの場合はどうでしょうか…
100円と500円のお守りが置かれていたら500円の方が効果が高そうだと思いませんか?

商材の中身がはっきりしなくなればなるほど、あるいは専門的な知識を必要とするようになればなるほど、この傾向は強まります。
この傾向は、決して私たちの思考に問題があるということではありません。
合理的であるからこそ、価格という限られた情報を見るだけで、わざわざその製品の特徴を調べずとも、その製品の価値がある程度わかるともいえます。




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もし、価格を通じて価値を推定することができなかったとしましょう。
その場合には、私たちは、大きなコストを払って製品の価値を調べなくてはならなくなります。

その水がどこで生産されているのか、成分としては何が含まれているのか?…
どういう効果があると、どのような形で証明されているのか?…
結局、なぜ他の水よりも高額になるのか?…

これらを一つひとつ調べて、価格に納得するということはほとんど現実的ではないでしょう。
むしろ私たちは、価格という1つの情報を通じて、こうした多くの背景としての知識を一挙に手に入れることができるのです。

心理学では認知不協和の存在が古くから指摘されてきました。
必ずしも価格に限った問題ではありませんが、私たちは、自らのすでにしてしまった意思決定を正当化する傾向があるといわれています。

例えば、迷った末に500円のお守りを購入したという場合、購入した後では、無意識のうちにその購入を正当化しようとします。
そのため、500円のお守りがいかに優れているかについての情報だけに注目し、欠点には目を向けないようにします。

同様に、迷ったけれども購入しなかった100円のお守りについては欠点に注目し、その優れている点を無視しようとします。
結果として、購入後に収集された情報には偏りが生じることになるわけですが、これも決して私たちの思考に問題があるというわけではありません。

だからこそ、マーケターからいえば値付けには注意が必要なのです。
いくら顧客のためにといえども、闇雲に価格を下げることは賢明とはいえません。

確かに、短期的には販売個数が増えて売上が上がるかもしれません。
しかし、長期的には、価格が下がることで製品そのものの価値が低いものだとみなされるようになる危険があります。
マクドナルドが半額セールを行って大成功を収めた話をしましたが、一方でその後、マクドナルドはハンバーガーのイメージ低下に対応する必要に迫られたのでした。

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