リーダーシップに「カリスマ性」はいらない理由とは?
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指導者としての素養や力量、統率力…
それらを持ち合わせた人は「リーダーシップ」があるといわれます。

ビジネスの世界において、このリーダーシップは欠かせません。
なぜなら個々でバラバラ仕事をしていれば、企業の生産性も上がらないからです。

ただ、このリーダーシップ…
「カリスマ性」が必要であるかは別の話だったりするのです。




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リーダーシップに「カリスマ性」はいらない理由とは?


日本の企業は大きな変革期に直面しています。
組織の中堅リーダーたちも、従来の年功序列システムのもとで、上からの命令を下に伝える中間管理職的なあり方から、部下育成により具体的な成果をじんそく(迅速)に求められる方向に、仕事のあり方が変わってきています。

その中で部門リーダーとしてどう振る舞うべきか、何をすべきか悩み、迷っている人も少なくありません。
組織におけるリーダーシップのあり方が今大きく揺らぎ、問い直されているのです。

このような時代に、ドラッカーのリーダーシップ論から学ぶ点は少なくありません。
彼のリーダー論はシンプルです。

すくれたリーダーシップにはカリスマ性は無用であり、生まれながらのリーダー的資質というものも存在しないと断じています。
カリスマ性(個人崇拝)は、むしろ組織から柔軟性を奪い、その結果、組織を 誤った方向に導き、下手をするとリーダー自身を破滅させることにもなりかねないというのです。

ヒトラーやスターリンなどの独裁者は、いずれもリーダー自身のカリスマ性を求心力の核として組織を率いたという特徴を備えていますが、カリスマ性、すなわちリーダー個人の資質に頼りすぎる組織は破滅に向かうことを歴史が証明しているとも言えるでしょう。

企業組織でも同様です。
トップの力量に頼りすぎる組織は、意思決定機能が個人に属して、システム化できないきらいがあります。
そのため、組織としての成長は早いが衰退も早いという継続性に乏しい欠点があります。

また、トップダウンはすみやかに意思決定する仕組みのことであって、決してカリスマ的ワンマンリーダーが好き勝手な判断を下すことではありません。
ドラッカーはリーターシップとは神秘的なものではなく、平凡で退屈なものであり、その本質は行動にある…
それは集団をよりよい方向へ導くための行動手段であって、リーダーシップを身につけること自体が目的化してはいけないと釘をさしています。




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真のリーダーシップとはどんなものなのか?


では、真のリーダーシップとはどうあるべきなのでしょうか。
ドラッカーはリーダーたるべき要件を3つあげています。

第1の要件は、リーダーシップを「仕事」ととらえることです。
つまり、 組織の使命、という大きくあいまいな理念・概念を、チームの目標、という明確な課題にブレイクダウンして定義し直す。
そうすることでメンバーの意欲を促し、組織の生産性を上げ、成果に直結させていく。
それがリーダーの第一のタスク(仕事)だと明言しています。

第2の要件はリーダーシップを地位や特権ではなく「責任」ととらえることです。
すぐれたリーダーは、責任を自分で負い、部下に存分に仕事をさせ、彼らを誇りに感じ、部下に成功させた自分の成功を誇りに思う…
このドラッカーの一言葉は、リーダーの持つべき心がまえ、とるべきスタンスとして、きわめて示唆に富んだ内容を有しています。

第3の要件は、信頼が得られる人物であることです。
信頼できないリーダーにしたがう部下はいません。
ただ、ドラッカーはここでも、うがったアドバイスをしています。
信頼されるということは必ずしも好かれることと同義ではないということです。
人間的にはいい人だが、リーダーとしては信頼できないというケースは意外と多いものです。

では、本当の信頼感はどこから生まれてくるのでしょうか?
ドラッカーが述べていることをまとめれば、「話が信じられる(その言動が真意に基づいていると信用できる)」、「言動が一致している」、「一貫性がある」となります。

仕事、責任、信頼…
この真のリーダーシップのための3つの条件が、資質や能力よりも、まともすぎるほどの倫理観や道徳観に基づいていることに留意してください。
その意味で、ドラッカーのいうリーダーシップは極めて単純で平凡なものです。.
真理とは大抵そういうものなのでしょう。

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