家康「しかみ像」は三方ヶ原の敗戦とは全く関係ない?!
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名古屋市にある徳川美術館所蔵の絵画に、通称「しかみ像」と呼ばれるものがあります。
「しかみ」とは「しかめっ面」の意味です。

正式名を「徳川家康三方ヶ原戦役画像」と呼ばれる同画では、烏帽子をかぶって太刀を佩いた武将が、組んだ足の上に肘を乗せ、掌であごを支えて唇をかんで悔しそうな表情をしています。

この画像は長いこと、「三方ヶ原の合戦で武田信玄に大敗した家康が、自身の軽挙妄動を戒めるため憔悴の様子を描かせた」と説明されてきました。

しかし、ここに到って「しかみ像と三方ヶ原での敗戦は無関係」する新説が、学芸員の原史彦氏によって提唱されたのです。
新説を発表したのは平成27年(2015年)同美術館で行われた講演会においてです。

それによると同画は江戸時代の中期、尾張徳川家に嫁いできた紀伊徳川家の姫君の持ち物であり、元々は礼拝用だったといいます。

姫の没後、尾張徳川家によって「御清御長持(家康ゆかりの品々を納める長持)」に収蔵され、昭和11年(1935年)の徳川美術館で、尾張家初代・徳川義直が父・家康の苦難を忘れないように描かせた」と解説されました。

それがいつしか「三方ヶ原の敗戦で家康が描かせた」うんぬんとして流布・定着したというのです。
この新説は現在、歴史学界で注目されています。




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