土肥ポン太の八百屋(生野)で本業よりも成功しているらしい件
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本名「土肥耕平(どひ こうへい)」…
お笑い芸人「土肥ポン太」さんをご存知ですか?

実はこの土肥ポン太さんはお笑い芸人以外にも八百屋を副業とされているのです。
しかも八百屋(生野)の方が、本業よりも成功しているらしいというのです。

副業が当たり前の時代になってきたビジネスにとって、土肥ポン太さんから学ぶべきなのかもしれません。




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土肥ポン太が八百屋を始めた経緯


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土肥ポン太さんは1993年にデビューを果たすと、1995年には芸人によるユニットグループの一員となり、アイドル的な扱いをされ、活躍の場を多方面に伸ばそうとしていました。
しかし、1999年にユニットが解散し、93年からコンビを組んでいた相方が芸人を引退し、途方に暮れ、芸人としての仕事もなく、お金に困っていたタイミングで始めたアルバイトが八百屋でした。

八百屋の仕事は朝から始まり昼ぐらいで終わることから芸人の仕事との両立が可能であったのも決め手となったのです。
当初は小松菜とホウレンソウの区別もつかなかった土肥さんでしたが、当時の店主からノウハウをいろいろと教えてもらうなど、バイトとしての経験を積んでいきます。

その後、芸人としての活動をつづけながらバイトを続け、2004年には独立し、自前の店を持つことになりました。
店を持つことになったタイミングで、芸人としての仕事があまりなかったことから芸人引退を決めたものの、当時のマネージャーからの説得を受けて思い直し、現在の二足のわらじの状態となっています。

そうしてピン芸人のコンテストで決勝に残るなど、芸人としての仕事もどんどん増え、関西のテレビ番組のレギュラーを数本抱えるなど、芸人としても活躍していますが、中でも八百屋は軌道に乗っています。




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土肥ポン太の収入はいくらくらい?


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大阪市生野区出身の土肥さんは同じ生野区内で店を出し、その後、生野区以外でも、2号店のオープンをしたり、大阪南港のアジア太平洋トレードセンター、ATCへの移転などを行ってきました。

しかし八百屋としてではなく農業をメインに活動の軸を移すということから、ATC店を閉店させ、現在は立ち上げた会社の社員などで作った野菜を販売することに重きを置いています。
生産者と芸人を両立させた活動に軸を置いています。

とはいえ、野菜に関する知識には精通しており、農業イベントなどに呼ばれるばかりか、自身で開発した野菜に関する食品なども広く販売しています。
その結果、関西地方では土肥さんの会社が制作した商品が並んでおり、購入することができます。

こうした収入などから、土肥さんの年収は中小企業の社長レベル(1000万円~2000万円程度)であることが推測できます。
そこに関西でのテレビに関する仕事、農業イベントの出演料などが入ることから、かなりの収入であることは言うまでもありません。

野菜自体は出張販売で続けていくという方針があり、野菜の販売に関しても今後も行われていきます。
野菜と出会い、農業に向き合う姿勢を強めている土肥さんですが、芸人としての活動も今まで通り行っており、土肥さんを通して、野菜の接し方、正しい食べ方などを多くの視聴者が学んでいます。

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この記事の著者

mensedgeMEN’S EDGE編集部

MEN’S EDGE(メンズエッジ)は、「仕事や恋愛で他人と少しでも“差(エッジ)”をつけたい!」と考えるビジネスマンを全力で応援するメディアです。

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