元アナウンサー土井尚子(坂野尚子)のノンストレス経営に学ぶべき!
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「夜のヒットスタジオ」や「意地悪ばあさん」などに出演…
80年代を代表するアナウンサーの一人、坂野尚子(旧制:土井尚子)さんをご存知でしょうか?

テレビの世界には7年と活動期間も短かったのですが、40代以上の人で旧制の土井尚子と言われるとは覚えてるかもしれません。
そんな土井さんが今ではストレスフリーの経営者になっていたことはあまり知られていません。

日夜、懸命に働くビジネスマンも土井さんの生き方を知ると、人生の見え方が違って見えるかもしれません。
今回は土井さんのブログでのコメントを交えてご紹介したいと思います。




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坂野尚子(旧制:土井尚子)のこれまでの経緯と今


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子どもの頃はお母様の躾(しつけ)が厳しく、成績も優秀だったという土井さん。
しかし中学になると一転、ほとんど勉強もせずに自由に遊んでいたそうです。

中でも小学生の頃は田舎に憧れていて、中学になると東京に住んでいる友人が羨ましかったと言います。
麻布や渋谷などに住む友人とても格好良く見えたそうです。

ただ自由奔放に遊んでいたとは言え、中学・高校の5年間は放送部に在籍していました。
この頃に土井さんのアナウンサーとして基礎ができ上がったのではないかと思います。
けれども土井さんが放送部に入った最初のきっかけは放送部に好きな男の子がいたからだとか…

その後土井さんは、最近では佳子様のご入学で有名になったICU(国際基督教大学)を卒業後、1980年にフジテレビに入社しました。

■同窓

わが母校のICUは、世の中的には私が卒業したときとあまり変わらない知名度。昨今は宮内庁御用達みたいになっていることで話題にはなっている。でも、とても意識の高い女性が多くて、男女の比率も昔から女性のほうが高い。そんなわけであるが、通訳とか国連機関とか、大学とか中学とか、勿論外資でキャリアを積んでいる人が多く、あまりベンチャーとかビジネス社会ではお会いしたことがなくって、と思っていたら先日のG1Wでやたら比率が高い遭遇率。ということで、お声掛けをし集まったのが何と08年卒業から80年卒業まで7名。08/00/95/94/87/82/80年という時代と空間を超えた感じで、あの「バカ山」という呼称のフレッシュマンの芝生の丘で語らうがごとく時間があっという間に過ぎました。そして、色々なビジネスネットワークにもなったようで、年長者としては嬉しい限り。
(引用:「坂野尚子の起業家日誌」2016.10.04 Tuesday)

フジテレビに入社した後は先述した「夜のヒットスタジオ」や「意地悪ばあさん」、「おはよう!ナイスデイ」などの番組に出演するようにもなります。
また1985年頃には念願のニューヨーク特派員として赴任することにもなるのです。

しかし、その2年後1987年にフジテレビを退社します。
退社の理由は結婚や出産などでなく「ディレクターに使われるのが嫌だったから」…

そして1年後には、人に使われない立場になるため、MBA取得を目指して、アメリカはニューヨーク州にあるコロンビア大学に入学します。
コロンビア大学と言えば、歌手の宇多田ヒカルさんが飛び級で入学した大学でも有名ですよね。
また土井さんは、このコロンビア大学でご主人と知り合い、結婚することになります。

■MBA後の人生の過ごし方
昨晩ビジネススクールの卒業の集まりがあり、89-90年にコロンビアを卒業したメンバーが14名集まった。皆の人生、色々、海外が長い人もいるし、起業した人もいるし、同じ会社にいる人もいるし、転職した人もいるし、映画作っている人もいるし、私みたいに、ネイルサロン経営している人もいるし。もう卒業して23年なので、セミリタイアみたいに人生を優雅に過ごしている人もいる。同じ大学院で学んだあの当時のことが思い出される。人生色々、そうそれは小さい縮図の中でも。皆にこにこ幸せそうなのが一番だ。
(引用:「坂野尚子の起業家日誌」2010.09.10 Friday)

その後、土井さんはMBA取得を活かして、そのまま外資系のコンサルティング会社に入社…
しかし、この会社に入ってからも「MBAを取得したのになぜ会社に入っているんだろう?」とコンサルティング会社を退社。

そうして1994年、土井さんはに人材紹介などを行う会社を設立します。
またその2年後には別会社「ザ・クイック」を設立し、当時は敷居の高かったネイルサロンの低価格に打って出るのです。

このビジネス戦略が多くの人に評価され、ネイルクイック、ネイルパフェなどをどんどんと拡大…
さらに2005年には、当時土井さんが通っていたフィットネスに面白味がないと感じ、クイックシェイプと呼ばれるオリジナルのプログラムを開発するのです。
そうして会社名も「株式会社ノンストレス」に変更し、現在では72店舗を経営する事業家となったのです。

■経営っていうやつは
本当に泥臭い。かっこよいものではなくって、地べたを這うような。そんなものだと思っている。
創業から、今日まで、むしろ、如何に会社に自分のお金を使うか、ということで、如何に交際費を使うかとかそんな節税ばかり考えている知人もいたが、真逆でやってきた。これはもしかしたら、組織にいたころ、あの人は会社の経費でどうのこうのというのが、サポートスタッフから見ると一番のネタだったことを聞いていて、反面教師だったからかもしれないが、極端に潔癖でやってきた。

昨日の証券会社の一年で上場した会社の社長さんたちはどの方も色々な経験を経て成功してきている方々で
同じような価値観をお持ちだと見た。

そして、一番必要なのは、同じ理念を持つ仲間、スタッフの存在だとおっしゃっていた。本当に同感。会社が大きくなると、多様性が必要ではあるが理念や根っこは同じであるべき。提案や実行が大切で、大企業だと、どうしても、愚痴や批判が中心となってしまう。ベンチャースピリッツを持つ人を何名育てられるかが一番重要だと思う。
(引用:「坂野尚子の起業家日誌」2014.07.11 Friday)

いかがでしょうか?
土井さんの経歴を簡単に追ってきましたが、女性だけでなく日夜働くビジネスマンにとっても、彼女の生き方は学べるものがあるのではないでしょうか?

アナウンサーという花形の職業をやっているかと思えば、起業の経営を考えるMBAを取得してコンサルティング会社に入社…
しかし自分のやりたいことを考えたときに、「ここではない」と起業してしまう…
普通の人であればアナウンサーや外資系コンサルティング会社で一生を終えていたかもしれません。

しかし土井さんの中には「本当に自分がやりたいこと」という想いが強く、そのためであれば過去の経歴や現在の仕事などを辞めても、その目標に没頭してしまう…
その点が土井さんのすごいところである反面、実は「誰もが思い立てば何でもできるのだ!」というようなメッセージのようにも感じてしまうのです。

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