男には「建前」と「本音」の使い分けが必要である件
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男は話す内容を選ばなければいけません。
なんでもかんでも思ったことを口にしていると、女性どころか、人が周りにいなくなります。

人間として、女性にももちろん同じことが言えますが、女性はもともと話すことが大好きで、男性よりも余計なことを話しやすい傾向があります。
女性同士だと何時間も平気で話していたりします。

その点、男性は男らしく自分の身分をわきまえて、物事を口にする時は、それを口にして良い内容なのかどうかをしっかり考えて発しなければ、決していい女も側には寄ってこないでしょう。

様々な例と共に、みていきましょう。




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男には建前と本音の使い分けが必要である


なぜ知識人と言われる人間は、傲慢なのでしょうか。

なぜ彼らはがんばっている人たちを軽蔑するのでしょうか。

なぜ本や教科書を読んだだけで知識を増やしたことを偉いと威張るのでしょうか。

世の中、醜い人間が多すぎます。

かなり以前になるが、プロレスの故橋本真也対高田延彦の試合が、スポーツ新聞の一面を飾ったことがありました。
朝のワイドショーにおける新聞の一面を紹介するコーナーでは、司会のアナウンサーが、その試合の模様を説明しました。
「橋本選手が垂直落下式のDDTという技から三角絞めで勝ったという記事ですね」

このときに出演していた文化人や知識人の、人を馬鹿にした嘲笑に、本当に不快な思いをしました。
アナウンサーが、プロレスの技の説明や試合経過などを説明するたびに、にやにやと笑うその顔は醜く、自分が偉いと思っている傲慢な表情に満ち溢れ
ていました。

これもずいぶん昔の話になるが、サッカーの三浦知良選手が大活躍していた頃、ゴールを決めたときのお決まりであるカズダンスを見た文化人が、「中卒で知性の欠片もない男の醜い行為」と雑誌のコラムに書いていました。

あなたたちはいったい、どれほど偉い人物だというのでしょうか!

プロレスの一流選手は、死ぬほどの特訓、練習を積み重ねて、死も覚悟して闘っています。

サッカーの三浦知良選手は、中学を出てすぐブラジルに渡り、厳しい試練を乗り越えて、サッカー界を代表する選手になりました。

それに比べて、一般的に知識人とか文化人とか呼ばれている人物は、何をしているというのでしょうか。
低俗なワイドショーに出ては、俗論を語り、悪口が好きな主婦たちを楽しませているだけの者がほとんどではないでしょうか。

しかし、彼らは相撲には一目置いています。

あの若貴兄弟は中卒だったが、彼らを差別する人はいないのです。
相撲には伝統があり、市民権があるうえに、角界の人たちは力のある人物ばかりだから、相撲を馬鹿にすることは怖くてできないのです。

所詮その程度の腰抜けが集まっているのがテレビなのかもしれません。
だが日本中がテレビを見て、さまざまな知識を学んでいるのが現実です。
だから多くの主婦はいつまで経ってもうわさ話や陰口が大好きで、悲しいかな、テレビで覚えた俗語で攻める妻に男たちは太刀打ちできなかったりするのです。

洗脳されてしまった妻を、こちらのオリジナルな言葉で言いくるめることができないようでは男は終わりです。

男が相対する者を批判するときには、それなりの覚悟を持ってもらいたいです。
少なくとも、そこから発生する社会的影響にとらわれずに、精神と精神の闘いをしてほしいのです。

だが、プロレスの技の名が滑稽(確かに馬鹿な部分も多いのは認めるが)だと嘲笑する知識人は、その社会的悪影響についても語れないばかりか、プロレス選手と精神だけで向き合う根性もないのです。

三浦知良選手が行うゴール直後のパフォーマンスの何が社会に悪影響を及ぼすのか、それすらも語らずに「彼は中卒だから知性がない」と酷評します。
自分の肩書きも住んでいる環境も何もかも脱ぎ捨て、精神だけの状態になり、三浦知良選手と相対すれば、そんな言葉は作れないはずです。

あまりにも下劣で傲慢なその文章を、掲載する編集者も同じ人種なのでしょうか。

中卒の彼にないのは高校・大学レベルの知識であり、知性云々を問われるいわれはないのです。
カズダンスに知性がないと言うなら、わからないでもないが、中卒者に知性がないというのです。
それくらい編集者がチェックしないといけません。

いや、仮に、三浦選手に知性がないのではなく、カズダンスに知性がないと、その人物が言っていたとしましょう。
ゴールを決めた直後に歓喜の踊りで自己を表現することはサッカーでは当たり前であり、社会的悪影響は無論なく、彼の快楽を目指している一瞬の行為は道徳的な業の意識からかけ離れた知性的な行為であり、知性がないと言われることも心外です。

男は誰かの悪口を言うとき、その理由を明確に述べなければなりません。

この男は好きになれない、という人物が何人もいます。

理由を語ることができるときは、友人にそのことを伝えるが、思いつかないときはその人の悪口や批判はしません。
生理的に「嫌い」だというのは、ヒステリックです。
相手の人間性や己に襲いかかる相手からのプレッシャーがわからないのでは、精神と精神のぶつかり合いにならず、著しく相手に無礼を働くことになります。
相手の批判、誹謗中傷をすればするほど、己が負け犬になるのです。

片や、裸の精神で行動したことに対して、俗語で攻めることしかできないようでは話になりません。
そういう男になってはいけません。
「あなたは野球がお嫌いなはずなのに、ずいぶん詳しいですね」とある会合で言われたことがあります。

私は昔、広島カープのある選手が外野を守っているときに欠伸をしているのを見て、野球に幻滅しました。
それ以来、サッカーを観戦するようになり、野球には熱中しなくなりました。
だが、日本は野球大国で、日常でも野球の話は必須です。
嫌いで話せないのはともかく、「嫌いだから」だけで片づけるのは、野球を好きな人に対して失礼だと思い、熱中こそしないが、野球を見続けています。

そしてなぜ嫌いかを問われたときに、先の広島カープの選手のことを話して、格闘技的要素がないことや、選手がすぐにケガをすることなどを語るのです。
野球が私に与えるプレッシャーはサッカーよりも人気があることだから、その理由も語ります。
「野球が盛り上がってしまうと、Jリーグが消滅する危機感があるんだよ」と堂々と言います。

そこから、野球好きの男とサッカー好きの男の精神と精神の話し合いが始まるのではないでしょうか。
「嫌い、いやだ」「馬鹿、アホ」だけの会話なら街の喧嘩と同類です。
ぶっ殺してやる、というだけの行動で、相手の精神を探ろうとする知性は一縷もないのです。

あなたが軽蔑してかまわない男は、テレビや雑誌のコラムで俗論を堂々と語り、顎を突き出している男。

人の悪口を言いながら、その理由も語れない男。

モテる男になるためには、言葉に留意しなければなりません。

世の中、人と人とのぶつかりあいなのだから、相手を批判するときもあるでしょう。
だがそのときは相手の精神を尊重し、批判する理由を明確に述べる必要があります。

W杯の最中、こんな会話を街頭で耳にしました。
「俺、サッカー嫌い」
「どうして?」
「嫌いなんだ。うっとうしいんだよ」

今の若者の大半が、こういった言葉しか作れないのが現状です。

情けないかぎりです。

本書は、女性の読者は少ないと思うが、「嫌い」としか言えない男とは絶対つきあってはいけません。
自分の言葉に対して責任すらないのです。

人に不快感を与える、優しさのない男です。

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この記事の著者

mensedgeMEN’S EDGE編集部

MEN’S EDGE(メンズエッジ)は、「仕事や恋愛で他人と少しでも“差(エッジ)”をつけたい!」と考えるビジネスマンを全力で応援するメディアです。

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