哲学者・ソクラテスの著作は実は一つも発見されていない件

古代ギリシアでポリスと呼ばれる都市国家が発展しはじめると、民主制の進展にあわせてソフィストと呼ばれる新興知識層が現れました。
彼らは、法廷や民会での弁論テクニックを教える人々であり、「職業弁論家」と邦訳されます。

このソフィストを批判したのが古代ギリシアの哲学者・ソクラテスです。
ソクラテスはソフィストの弁論を単なるテクニックとみなし、そこから脱却した「哲学」を目指しました。

人間とはいかなる存在か?…
善とは何か?…
について道行く人などに問い続け、絶対的な真理の存在と、「知」と「徳」の一致を人々に教えようとしたのです。

深遠高邁な理論により、ソクラテスは非常な人気を得ていました。
しかし、為政者は万物の根源を揺るがすかのような理論を危険視し、「青年に悪影響を与え、神を冒瀆した」との理由で死刑を宣告します。
これを受けてソクラテスは刑死しました。

ところで、実はソクラテスは著作をひとつも残していないのです。
さらに文字を書くことに否定的だったという説もあります。

生涯や理論は弟子プラトンが著した「ソクラテスの弁明」に代表される対話篇25編、アリストテレスの「形而上学」、ソクラテスと同時代の喜劇作家であったアリストファネスの「雲」、クセノフォンの「ソクラテスの思い出」など、他者の著作によって知るしかないのできないのです。




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